なんか言いたい。

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よつばとが、帰ってきた【13巻】

やっっっぱり面白い。

2年8か月待った甲斐があった。

 

よつばと! (13) (電撃コミックス)

 

 

よつばと!」の13巻。

 

(発売当日に買ったんだけど、そういえばブログに書いてないことに今更気づく)

 

よつばのばあちゃんが初登場。

大阪のおばちゃんで、パワフルで、やさしい。

よつばが大好きなおばあちゃん。

コンサートの帰りによつばたちの家に寄ったばあちゃんに、よつばは大喜び。

お掃除の仕方を教わったり、折り紙の折り方を教わったり。

 

よつばと!」の何が良いのかって言ったら、それはまあ「日常の再発見」みたいなところだと思うんだけど。でも、描いてるのはあずまきよひこという既に成人した漫画家であって、子供ではない。そういう意味では、「大人がこうだろうと思う子供の視点」をうまく描いている、ということなんだろうか。

でも、本当によつばみたいな子供がいたら、「子供らしい」って思うんだろうか。「こいつちょっとやばいんじゃねえか」って思う気がしないこともない。逸脱してる感じは拭えないと思う。

マンガなんだから現実とは違うでしょ。っていう話なのはわかる。そう、だからよつばの髪が緑色でも、受け入れられる。マンガだから緑色でも特に変だとは思わない。他の登場人物の髪色と比較して目立つ、という話なだけで、常識という現実の枠で見ることは無い。

だから「大人がこうだろうと思う子供の視点」、というのは少し違う気がするし、もちろん「子供の視点そのもの」でもありえない。「子供らしさ」というのではないと思う。

よつばって、なんなんだっけ。設定上では、今の所はお父さんが外国を旅行中に拾った子供で血はつながっていない。髪は緑色。海外生まれで、髪の毛が緑色というのは、よつばだけ。これを日本の社会には無縁な記号として捉えてみよう。しかも引っ越してくる前まではど田舎に暮らしてたっていうのもあって、5歳とはいえ、一般的な日本社会については何も知らないに等しい状態。だけど言葉はしゃべれるし知性も育ってきてる、みたいな状態。

そういう観点から考えると、よつばは「言葉で表現できる機能を持ちつつ、日本社会というものを透明な目で見られる存在」ということになると思う。どんどん新しいことを学んで行って、驚きと発見に満ち溢れた日々。ゼロにイチを足していくように。そしてその積み重ねのプロセスを、よつばの表現を媒介にして、僕達は追体験できるんだ。よつばは「追体験できるゼロ」だ。

とはいえ、さっきも言ったけど、あくまであずまきよひこが描く「ゼロ」であって、彼の描く原始的なプロセスなんだよね。そういうところで考えると、あずまきよひこすげーってなる。すげー。

 

だからなんなんだ。という話でした。