高慢と変態

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【書評】ユートピア / トマス・モア

 

今回は有名な古典文学、「ユートピア」を紹介します。

 

ユートピア (岩波文庫 赤202-1)

ユートピア (岩波文庫 赤202-1)

 

 


ユートピア」という単語は、「理想郷」と言ったような意味で今日でもよく聞かれる言葉だと思います。
実はこれはトマス・モアの造語で、「どこにもない場所」という意味が第一義なのです。
ですから、もしこの小説が、「理想郷」という意味から推測して、エデンの園や、天国のような楽園を描いた話だと考えてしまうかもしれませんが、それは少し読み進めれば誤解だと言うことに気が付きます。

 

1.内容

まずユートピアでは、全員農業に従事することが求められます。余った時間は自由に過ごしてよいということはなく、講義に出席したり本を読んだりして勉強することが求められます。そこで秀でた者は学者や聖職者になり、農業に従事しないことが許されます。
肉体的な快楽を求めることはご法度で、自慰や不倫をしたものは奴隷とされてしまいます。
奴隷という概念は否定していないようで、奴隷は農業で使役されたり、戦争に借り出されたりします。戦争に関しても、自分たちで戦うのではなく、他国の庸兵団を雇って戦わせるのです。雇うための資金は、豊かな農産物を輸出することで蓄積しておいたもので、他国を操るためにのみ財を使用するのです。

自由な時間はほとんど無く、金の力で人を操ることを肯定したり、現在から考えるとどこが理想郷なんだと言いたくなるような世界ですが、戦争も貧富の差も無く、自由に理性を磨くことが出来る世界というのはやはり当時にしてみれば一種の理想であったのかもしれません。

 

 

2.考察

この作品が作られたのは、16世紀後半。この頃の欧州はちょうど近代への入り口といった時代に当たり、多くの変化に見舞われます。

まず一つは階級の差と貧富の差とのつながりが明確かつ強固にされたことです。ヴェネツィアジェノヴァから始まった商業革命は欧州に広がり、封建制に少しずつひびが入ります。つまり、ずっと土地に縛り上げられていた農奴たちが富を蓄積し、独立する可能性が開けたのです。しかし、誰もが独立出来る訳ではなく、農奴の中にも持てる者と持たざる者という階級が生まれます。今までは農奴というひとくくりの概念にまとめあげられていたのが、財産の所有という概念がもたらされることで、階級意識がますます強化されていったわけです。
次に、上層階級の人々には重商主義的な思想が広がっていきました。16世紀後半と言えば、ちょうど大航海時代の真っただ中、西欧諸国は競ってインドやアメリカ(新大陸)に進出しました。そこで得た奴隷や香辛料を利用した貿易を行って、自国に金銀などの富を蓄積するという重商主義(重金主義)が財政に関する一般的な考え方でした。要するに、上級階級の人間は金や銀を集めれば、それが国力にも自己の権力にも繋がると考えていたのでした。そのために国家間の紛争というものも生まれてきた時代でもありました。
最後に、カルヴァンが唱えた予定説によって、商人の人口も増え、活動も活発になっていったことです。これはマックス・ヴェーバ―の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で主張された命題を援用していますが、ヴェーバーは予定説によって資本主義が可能になったと考えました。予定説とは、死後に天国に行くか地獄に行くかは、日ごろの行いに関係なく、予め決定されているという説です。この説を受けて、当時の人々は「天国に行けると決定されている人間は、禁欲的に職業を励行しているはずだ」と考えましたので、仕事を頑張って富を蓄積することが善になりました。


これらユートピアに関連する変化に共通するのは、それらがすべて経済に関連するということです。一言で言えば、この時代に、世界は資本主義の前段階的な状況に移行したということだと思います。

宗教的理由・現実的理由の両面から、富の蓄積があらゆる階級で叫ばれるようになった世界は、同時に絶え間ない闘争の時代でもありました。主権国家間の戦争という概念が現れ始めたのもこの頃ですし、宗教戦争は悲惨を極めました。モアは、このような世界に鋭い疑問の目を差し向けていたのです。彼の慧眼には、闘争の根源には財産私有の概念が横たわっているように映ったのでした。

彼が当時の世界に対して欺瞞的なのは上記のような理由からだと思いますが、具体的に彼に私有財産の概念に疑問を持たせ、共産主義という概念を持たせることを可能にしたのは、ルネサンス大航海時代です。
ルネサンス古代ギリシャに関する文物が豊富に出版された時代でもあり、同時に活版印刷が発明されたことで、古代ギリシャ以外の文物に触れる機会も激増しました。その中で、古代ポリスのスパルタやゲルマン民族による共産制社会を思い描く機会があったことと思います。
また、アメリカ大陸を発見したアメリゴ・ヴェスプッチは旅行記『新世界』を著します。これを読んだモアは、アメリカ原住民の中には私有財産を持たない民族が実際にいることを知ります。ここに共産制社会というアイデアがモアの中で一つの揺るぎない理想像となったのだと思います。
自分の空想していたものが現実にあった、しかも“新世界”にあったと知った時の昂揚感と言ったら計り知れないものがあったのではないかと思います。ものすごく興奮したでしょうね。

現実的な構想としては不十分でありながら(もちろん「ユートピア=どこにもない場所」と名付けている時点である程度は現実性の無さを認識していたのだろうと思いますが)、ここから20世紀の世界を席巻したマルクス主義が生まれたと言えますから、一定の体系性を有した共産制社会を描いたことは非常に意義のあることだと思います。

 

 

ユートピア (岩波文庫 赤202-1)

ユートピア (岩波文庫 赤202-1)

 

 それではまた!!